島根県西部の石見地方に古くから伝わる「石見神楽」。
日本神話を題材とし、賑やかで哀愁漂うお囃子と勇壮な舞、豪華絢爛な衣装が特徴で、
2019年5月には日本遺産にも登録されました。
その石見神楽の衣装を60年以上にわたって作りつづけている職人がいます。
黒い別珍などの生地に金糸、銀糸で刺繍される昇り竜や唐獅子…
一針一針に丹精を込めて、気の遠くなるような手作業で作られる衣装は、
鬼着や水干、陣羽織、打掛、袴、鎧など様々で、同じものは一着もないそうです。
伝統工芸品である石見神楽衣装の職人、川邊さんにお話を伺いました。
石見神楽衣装を作りつづけて60年
- 石見神楽衣装に携わったきっかけはなんですか
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中学卒業後16歳のときに、近所の神社のお世話をしている方に「神楽衣装を作ってみてはどうか」とすすめられたのがきっかけです。
師匠がいなかったので、その方が持ってこられた昔の衣装を見ながら、解いては真似をして、寝る間も惜しんで作りつづけました。
当時は歌や踊りが好きで宝塚に入りたかったんですが、身長が伸びなくて断念したんです。
代わりに神楽衣装に携わったら虜になってしまって、なにもかも忘れて取り組みました。
- 一着仕上げるのにかかる期間と費用はどれくらいですか
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鍾馗(しょうき:石見神楽の花形演目)の衣装ですと神着(しんぎ)と鬼着(おにぎ)と一式作りますので、半年から8か月ほどかかります。
豪華な衣装なので、費用も450万円くらいになりますね。
- こだわっていること、大切にしていることを教えてください
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皆さんにはできないような衣装を作っていきたいと思っています。
一番大切にしているのは「生き物」ですね。
唐獅子、龍、鶴、亀、虎などを立体的に刺繍した「生き物」は神楽衣装の命とも言うべきもので、その出来栄えで作品の生死が決まります。
例えば生き物の白い毛の部分には化繊ではなくヤギの毛を使っていますし、目玉についてはだいたい今はプラスチックのものを使うところが多いですが、ここでは別注でガラス工房に焼いてもらったものに色付けするという、昔ながらの方法で作っています。
それからこちらに掛けてあるのは先日使った衣装で、実は50年近く前に作ったものです。
50年も前に作った衣装が今も金色に輝いていることに皆さん驚かれるんですが、金糸は通常時間が経つと刺繍した糸が緩んで白く変色してしまうからなんですね。
そこで私は100年経っても着られる衣装を作りたい一心で試行錯誤を重ね、金糸を蝋引きして刺繍する方法を編み出しました。
そうすると刺繍した金糸が緩むことも変色することもありません。
そうやって苦心して作り上げた衣装を神楽の舞の中でうまく表現してくださっていると、いつも感謝しながら見ています。
- 作られた衣装はどちらで着られていますか
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これまでに中国地方各地の神楽社中の依頼で3千着以上の衣装を作ってきました。
島根県内をはじめ山口や鳥取、広島などさまざまなところで着てもらっています。
大田市では大屋神楽社中の舞台幕を何十年か前に作らせていただきました。
機会があればぜひご覧になってください。
- 2022年度の地域伝統芸能大賞を受賞されましたが、これまでを振り返って、またこれからの夢は
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衣装の制作を通して石見神楽の振興に貢献したということで「地域伝統芸能大賞」の支援賞を受賞したんですけれど、この上ないことと感じています。
表彰式では(一財)地域伝統芸能活用センターの名誉総裁をされている高円宮妃久子さまに、思いがけずお声をかけていただいたことが、とても印象的でした。
16歳のときに見よう見まねで試行錯誤しながら初めて衣装を作ってから60年以上…
多くの神楽社中の方々からの依頼でたくさんの作品を手がけてきて、2002年には島根県の伝統工芸品にも指定していただきました。
振り返ってみると苦労はしましたが、その甲斐あって最高の人生だと感じます。
これからもずっと神楽衣装を作り続けたいですし、生まれ変わってもこの仕事がしたいですね。
石見神楽衣装の伝統を次の世代へ
- 石見神楽衣装は先生にとってどのようなものですか
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宝物をいただいた気がします。
好きじゃないと決して続かない仕事だと思いますが、作り上げた衣装を舞台で見るのがやりがいになります。
なにも考えないで神経を集中させて無心で作業する時間は、私にとってはとても楽しいものなんですよ。
- 技法を伝承するために取り組まれていることは
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現在は2人の弟子とともに1日に8時間ほど仕事に取り組んでいます。
2002年に石見神楽衣装が「ふるさと伝統工芸品」に指定されたんですが、当時の弟子2人も「優秀専門技能者」として表彰されました。
それから近隣の大学の学生さん3、4人に教えているところで、どこまでやっていただけるか楽しみにしているところです。
卒業後も神楽衣装づくりに携わりたいということで、先日は他県に住むご両親を連れてこられた学生さんがいらっしゃって、びっくりしましたがうれしかったです。
その学生さんは浜田の風景がお好きだそうで、浜田から出たくないと。
神楽が好きで、舞も習っていらっしゃるようです。
舞うだけではなく衣装を作る方にもすごく興味をお持ちで、趣味として神楽をやりたいと言っておられました。
石見神楽衣装について
江戸時代までの神楽は、神社の神職が五穀豊穣を祈って舞う厳かな神事でしたが、明治初年に神職演舞禁止令が出たのを機に、民俗芸能として氏子たちに根付いていきました。
石見神楽の衣装が現在のような華やかなものになったのは、大正時代のことだそうです。
華やかな衣装の“命”として川邊さんが最も大切にしている「生き物」(ニクモチ)は、台紙に描かれた生き物の下絵に芯となる和紙を縫い付けて、その上から金糸の刺繍を施すことで立体的で迫力のある生き物を表現しています。
実際に工房で川邊さんが手掛けた「生き物」を目の前にすると、血走った龍や虎の目にぎろりと睨みつけられているような生々しい臨場感に圧倒されてしまいます。
まるで生きているような、まさに「生き物」という印象でした。
ちなみに衣装は豪華なものだと重さが30kgにもなり、舞う人の技量が問われるそうです。
石見地方の子供たちのヒーローはライダーでもレンジャーでもなく、煌びやかな衣装をまとって勇猛果敢に鬼を退治する神楽の神様だと聞いたことがあります。
地域に根付き大人から子供まで世代を問わず多くの人々を魅了する石見神楽。
それを影で支えているのが、石見神楽衣装を作っている川邊さんの精緻な技なんですね。
ちなみに、2004年に発売された西村京太郎氏の著書「出雲神々の殺人」の表紙の写真に、川邊さんが作られた鬼着が使われているんですよ。
石見神楽の衣装が現在のような華やかなものになったのは、大正時代のことだそうです。
華やかな衣装の“命”として川邊さんが最も大切にしている「生き物」(ニクモチ)は、台紙に描かれた生き物の下絵に芯となる和紙を縫い付けて、その上から金糸の刺繍を施すことで立体的で迫力のある生き物を表現しています。
実際に工房で川邊さんが手掛けた「生き物」を目の前にすると、血走った龍や虎の目にぎろりと睨みつけられているような生々しい臨場感に圧倒されてしまいます。
まるで生きているような、まさに「生き物」という印象でした。
ちなみに衣装は豪華なものだと重さが30kgにもなり、舞う人の技量が問われるそうです。
石見地方の子供たちのヒーローはライダーでもレンジャーでもなく、煌びやかな衣装をまとって勇猛果敢に鬼を退治する神楽の神様だと聞いたことがあります。
地域に根付き大人から子供まで世代を問わず多くの人々を魅了する石見神楽。
それを影で支えているのが、石見神楽衣装を作っている川邊さんの精緻な技なんですね。
ちなみに、2004年に発売された西村京太郎氏の著書「出雲神々の殺人」の表紙の写真に、川邊さんが作られた鬼着が使われているんですよ。
プロフィール
- 石見神楽衣装(福屋神楽衣装店)
- 〒697-0062
- 島根県浜田市熱田町1224-2
- 【TEL】0855-27-0141
- 【営業時間】8:00〜17:00
- 【定休日】土・日曜日