しまねの職人

【元重製陶所】使いやすさのこだわりをブランドにしていく

〜新たな挑戦がもたらす世界へ通ずるブランディング〜

Vol.43

株式会社 元重製陶所 元重慎市さん

島根県江津市にある元重製陶所。
125年を超える歴史を持ち、江津の地で採れる土と伝統的な焼成技術を活かし、石見焼の製品を作り続けている窯元です。元重製陶所は、時代の生活様式の変化と共に主力製品を、石見焼として代表的な水瓶からすり鉢へとシフトし、さらにおろし器の製造にも挑戦しながら新たな市場を切り開いてきました。

一度は販売の難しさに直面しながらも、様々な出会いを通じて、オリジナルデザインのすり鉢を考案し、「もとしげ」ブランドの確立を目指しました。
現場に寄り添いながら職人の方々が作りやすい環境作りにも力を注ぎ、「もとしげ」の製品を江津市から国内外へと発信し続けている元重慎市さんにお話を伺いました。

元重製陶所について

地元の土とともに歩むものづくりの始まり

元重製陶所で作られている石見焼について教えてください
石見焼の一番の特徴は、この土地で採れる土が高温で焼くことができることです。他の土地では1200度くらいで焼くのが一般的なのですが、石見焼は1300度の高温で焼くことで、とても耐久性に優れた焼き物になり、電子レンジでも使えます。
何故、すり鉢を専門に作られるようになったのですか
元重製陶所の製品は、創業当初は石見焼として代表的な水瓶や植木鉢が主力でした。
しかし時代が進み、生活様式が変わるにつれて、それらの需要が次第に減少していきました。
特に水道の普及により、各家庭で使われていた水瓶はほとんど必要とされなくなりました。
何を作っても売れず、どんどん赤字が膨らんでいくという状況で現在の社長である父が会社に戻ってきました。
そんな折、全国を回って営業する中で「すり鉢が不足している」という市場の声を聞き、そこに可能性を見出し、「すり鉢で勝負しよう」と考えました。
当時からすり鉢は作ってたものの1種類だったんですね。湯飲みやお皿、徳利などを作っている中で、すり鉢も作っていたんですが、これからはすり鉢1本にするんだと決め、専用の生産ラインを設け、すり鉢専門として思い切った変革を行うことにしました。

父は元々エンジニアとしての経験があり、自らすり鉢の生産ラインを設計して効率を高めたことで、製造量の大幅な増加にも成功しました。

当時すり鉢メーカーとしては後発の会社だったため、販売ルートにはなかなか苦慮しましたが、ホームセンターに価格と品質で見ていただくことができ、販売ルートを増やすことができました。
おろし器も製造するきっかけとなった出来事を教えてください
すり鉢専用の生産ラインが稼働したことで、ホームセンターへの卸販売が安定したのですが、やがて国内市場ではすり鉢の需要が減少していることに気づきました。
そこから次に何を作るべきか、再び悩むことになりました。

そんな時、父はすり鉢に代わるものを探しました。デザインではなく機能で勝負できる商品は何かと考え、おろし器なら切れ味鋭いものを作れば機能で勝負できると思いおろし器に挑戦しようと決めたそうです。

新たにおろし器の生産を目指し、自動化のための専用機械の開発に着手しました。
特に、おろし部分の粒を整然と並べる工程の自動化が最大の課題でした。
この課題を解決するため、試行錯誤を重ねながら、機械の設計と改良に取り組み、完成までに5年の歳月を費やしました。

すり鉢であれば、ホームセンターには一種類しか置いていないため、お客様が購入してくださる確率がとても高かったのですが、おろし器に関しては既に取り扱いの種類が多くあり、ホームセンターに置いてもらうことはできましたが、リピート発注には至りませんでした。

さらなる挑戦と「もとしげ」ブランドの確立

どのような工夫を経て今の「もとしげ」に変化していったのか教えてください
すり鉢の売上がその間にもどんどん減っていき、頼みの綱のおろし器もリピート発注が起きず、私自身危機感を持っていたので、まずはすり鉢について色々な活動をしたんです。
例えば、若い人がすり鉢を持ってないということで、すり鉢の使い方を伝えたらいいんじゃないかと思い、自分でレシピを考えて、すり鉢教室を開催したり。
赤ちゃんの離乳食をきっかけに、すり鉢を使ってもらう方向に持っていけないかなと考え、離乳食用のすり鉢を作り、ベビー用品のお店に営業にいったりとか。
ですが、なかなか決定的な策というのは出てこなくて。

そんなとき、いくつか出会いがあり、今の「もとしげ」ができました。

1つは石見銀山にある「群言堂」さんとの出会いです。
ホームセンター以外の場所に販路がなかったため、群言堂さんにすり鉢とおろし器の営業に行きました。
ホームセンターとは異なるオリジナルデザインのすり鉢の要望をいただいたことで、白と黒のシンプルだけどこれまでにはない新しい商品が生まれました。
百貨店などにも持っていって、「ホームセンターにはないすり鉢・おろし器です」と営業したのですが、「他のものと機能的に差はあるの?」と言われたときに、「いや、色が違うだけです」となり、せっかくできた新商品でしたが魅力を伝えきれず、群言堂さん以外の販路拡大に繋げることができませんでした。

その後、「中川政七商店」の会長、中川淳さんにもお会いしました。
中川さんの本をよく読んでおり、今の危機的な状況を何とかできるかなと思って会いに行きました。
これまでの取り組みを話したら「君はマーケティングというものがわかっていないな」と言われてしまいました。
本もたくさん読んでいたし、色々取り組んでいたつもりだったので、ショックでしたね。

フィリップ・コトラーの本やマーケティングの本を読んだ方がいいと言われ、面談のあとすぐに読みました。
中川さんの本に書いてあったことを実践したりしましたが、それでもなかなか結果には繋がらず。
本の内容を実践したことを中川会長と担当の方にメールで報告すると、担当の方からのメールに「そもそもブランドがないことが問題なんじゃないか」という一文がありました。
この一文で、元重製陶所をすり鉢おろし器専門窯元というブランドにすることを思いつきました。
「使いやすさにこだわって作ったすり鉢なんです。」「使いやすさにこだわって作ったおろし器なんです。」と、気づく前は、商品のことだけを必死に伝えようとしていました。
でも、商品のことだけを伝えようとしても全く伝わらない。
商品の良さを伝えるために本当に必要なのは、「専門窯元が作ったすり鉢とおろし器なんです。」というメッセージでした。
このメッセージを伝えることこそブランディングそのものです。
自分たちに必要なのはブランディングなんだとあるとき突然気づいたんです。

思いついた後、急いで試作品を作り、東京のビッグサイトで開催する展示会に出しました。そこで結構いい反響があって、そこから今のすり鉢とおろし器につながっています。

元重製陶所のこれから

今後の展望などについて教えてください
父は現場でバリバリ働いてたんですよね。
機械設計のエンジニアとしても職人としても、現場でバリバリ働いていたんですが、私自身は現場で働くのは今より減らして、やっぱりもっと会社が未来へ続いていくための仕事をしていきたいなと思っていますね。
もちろん現場にはいますが、現場で働いてくれている職人さんが作りやすいように不良品ができにくい仕組みを作るというか、機械的にその辺を整えていくことも行なっています。
江津市から国内外へと販路を広げており、アメリカやヨーロッパ、アジアの市場にも進出しているので、そこも伸ばしていきたいです。
また、新しいことをして、試行錯誤をして、全てがうまくいくわけじゃないので、新しいことにどんどん挑戦していかないといけないなという風には思っていますし、そういう姿を目指していますね。

元重製陶所について

かつて水瓶や植木鉢を主力製品としていた元重製陶所が、生活様式の変化に合わせて「すり鉢専門」へと事業を転換し、さらに「おろし器」を新たに加えることで新しい市場を開拓しようと挑んできた姿勢には深い感銘を受けました。
今回の取材を通して、挑戦を続けるその姿勢が、強く印象に残りました。

元重製陶所の製品が道具を超え、「もとしげ」というブランドとして成長し価値を持つ存在へと進化するその様子は、100年の歴史の中に新たな光が差し込んでいるかのようです。

「もとしげ」の製品はデザイン性だけでなく、すり鉢の目の絶妙な深さやおろし器の抜群な切れ味、そして底についた滑り止めのシリコンゴムが使いやすさの魅力です。
こだわりの「もとしげ」製品。ぜひ一度、手に取ってみてください。

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